フリーランス法のPMS運用への影響
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1.フリーランス法が11月1日より施行
11月1日から、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下、「フリーランス法」)が施行されます。法律の適用事業者(フリーランス法の義務を遵守しなければならない事業者等)である発注事業者の皆さんは、対応は大丈夫でしょうか? 今回は、この法律をPMS運用との関係から読み解いていきましょう。
この法律、条文は26条と少ないですが、中身は経済法である独占禁止法・下請法のほか、労働基準法をはじめとする労働法関係における諸問題を踏まえて、フリーランスの保護を図ることを目的にしています。なので、発注事業者における通常の契約取引や労務管理においては、これらの法令を順守できている前提だということです。
たとえば、独禁法の優越的地位の濫用をしない取組みや社内ルールとか、各種ハラスメント法令の対応状況とか、それをフリーランスとの取引関係に援用すればいいので、新法の対応といってもそれ程難しいものではないはずです。
2.フリーランス法の概要
フリーランス法については公正取引委員会や厚生労働省のホームページで詳細が掲載されていますので、そちらを参照して必要な対応をすれば問題ないです。フリーランス法の概要を確認しましょう。
まずは目的規定を紐解きます。
【前提】
働き方の多様化の進展に鑑み、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため
【規制】
特定受託事業者に業務委託をする事業者について、特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示を義務付ける等の措置を講ずる
【効果】
特定受託事業者に係る
① 取引の適正化
② 特定受託業務従事者の就業環境の整備を図り
もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
ということです。
近年、働き方改革という言葉をよく耳にします。コロナ禍前の労働法改正でテレワークの推進や有休や育休などの取得促進、従業員の健康管理など、時代を反映した改正法が施行され始めたところにコロナウィルスの世界的な感染拡大で、一気に在宅勤務やリモートワークが加速しました。本社を東京から地方都市に移転して、出社しなくてもよい就業環境の会社も出てきました。
こうした中、会社に勤めるのではなく、個人事業主(法人なりして一人社長の株式会社など)として得意分野の仕事をするフリーランスが増えました(2020年に内閣官房において実施した調査では、実に462万人がフリーランスとして働いていると試算されています)。しかしながら、一個人で株式会社(大企業や中小企業)と取引をするのは、結構大変です。私も入社前はフリーランスの経営コンサルタントをしていました。まだ昭和の商慣行がある大企業(主に上場企業)と直接契約することは困難でした。理由は簡単で、取引条件に株式会社であること(資本金1,000万円以上)が最大のネックでした。
現在の会社法では株式会社の資本金は1円でも設立は理論上可能ですが、それまでは最低資本金規制があり、資本金は1,000万円、取締役は3名以上かつ監査役1名が義務付けられていました。もっと古くは会社の設立時の発起人が7名以上とか、株式会社を設立するだけでも、ものすごいハードルだったのです。おや? これは何かに似ていないか?
そうです。このことは皆さんがPマーク取得のきっかけとなった、お客様(委託元)から「御社はPマーク持ってますか?」「うちと直接取引するには、Pマーク取得が条件だよ」って言われたのと同じではないですか(それを強要したら、優越的地位の濫用のおそれ有となりかねません)。つまり、商売とは継続的・反復的な営利活動なので、一個人相手だと、その方が亡くなると取引が継続できないので大企業は取引を嫌うのです。その点、株式会社なら一定の組織規模のある法人だから、代表取締役が急死しても代わりの人がすぐに就任するだろうというわけです。Pマークがマネジメントシステムを要求しているのも同じロジックです。取得しておしまいではなく、取得後、継続できる組織体制があるかが問われているのです(個人情報保護管理者や個人情報保護監査責任者に役員や正社員を求められるのもこうした理由によるものです)。
そう考えるとフリーランスとの取引は発注事業者にとってはリスク要因となります。だから、「言うことをきかないと別の事業者に変更するぞ」と迫って、発注事業者に有利な契約条件を押し付けたり、そうした優越的な地位を乱用してハラスメント行為をしたり、報酬を値切ったり支払わなかったりといったことが問題視されていたのです。
そこで、発注事業者に取引の適正化やフリーランスの就業環境の整備を義務付けたのです。そうすることで、国民経済の健全な発展に寄与するからだと。
規制内容は、下図の通り(広報資料)です。
3.PMS運用への影響
では、PMS運用にどのように関係してくるのでしょうか?
いくつか運用に関する要求事項を俯瞰してみましょう。以下のポイントが、Pマーク構築・運用指針のどの要求事項に該当するか、箇条(Jで始まる項番)がわかりますか?
・フリーランス法に関する法令の参照からの運用手順の明確化
・フリーランスの個人情報の特定とそのリスクアセスメント(必要があればリスク対応計画)
・フリーランスの委託先評価など委託先の監督
・フリーランス法に関する運用ルールの教育
・法令順守のための自己点検
・内部監査(必要があれば是正処置)、マネジメントレビュー(継続的改善の指示等)
などなど
基本的には定期運用に上乗せするだけということになります。
4.法律用語
フリーランス法とかフリーランスと書いてきましたが、法律用語もきちんと押さえておく必要があります。フリーランスのことは、特定受託事業者や特定受託業務従事者という用語で定義されています。法律の正式名称も「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」とありますので、法律の主体は個人事業主たる個人や株式会社(一人社長のみ)そのものなどです。特定受託業務従事者とは、個人事業主たる個人と同じですが、株式会社の場合は代表取締役です。個人事業主の場合は契約主体と業務執行者が同じ自然人ですが、株式会社の場合は法人が契約主体(法律上の権利義務主体)で、実際に業務を担うのは自然人たる代表取締役(会社から業務執行を委任されているため、法律上の権利義務主体としては別人格)、その人だからです。会社と取締役は委任の関係にあります(会社法330条:株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う)。
対する発注事業者については、業務委託事業者と特定業務委託事業者の定義があります。フリーランスとの対比では、特定受託事業者や特定受託業務従事者という場合、個人事業主や一人社長のように従業員を雇用していない純粋な個人を想定しています。したがって、一人でも従業員を雇用していたり、名ばかりとはいえ配偶者が取締役になっていたりするような場合は該当しない、つまりフリーランス法の適用除外(法律の保護を受けられない)ということになります。
これに対して、発注事業者である業務委託事業者と特定業務委託事業者のケースでは、業務受託事業者にはフリーランスのように個人事業主や一人社長のように従業員を雇用していない、純粋な個人も含まれることになります。ちなみに特定受託事業者と特定業務委託事業者を条文で比較してみると、
特定受託事業者とは、業務委託の相手方である事業者であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 個人であって、従業員を使用しないもの
二 法人であって、一の代表者以外に他の役員(取締役や執行役、業務を執行する社員など)がなく、かつ、従業員を使用しないもの
特定業務委託事業者とは、業務委託事業者であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 個人であって、従業員を使用するもの
二 法人であって、二以上の役員があり、又は従業員を使用するもの
5.発注事業者の義務
特定受託事業者の条文を裏返しただけのような違いです。業務委託事業者と特定業務委託事業者の違いは義務規定にあります。
フリーランス法リーフレットより
取引の適正化に関する規制(発注事業者の義務)は、上記の①~③になります(詳細は下表)。
就業環境の整備に関する規制(発注事業者の義務)は、上記の④~⑦になります(詳細は下表)。
発注事業者は、大きく三類型に分かれて規制があります。
上記イラストの矢印が三本ありますが、その中の①~⑦の義務規定の適用関係の違いです。
従業員を使用していない業務委託事業者は、①の取引条件明示義務のみです。
特定業務委託事業者は、①・②・④・⑥の義務があります。
さらに特定業務委託事業者はのうち、一定期間以上(③は1か月以上、⑤⑦は6か月以上)に渡り委託契約がある場合は、④の義務はありませんが、③・⑤・⑦が加わります。一番、義務が厳しいということです。フリーランスが特定の発注事業者に長期間にわたり拘束的な契約を強いられる可能性があるからです。
三類型に共通しているのは、①の取引条件明示義務です。
条文では、
特定受託事業者に対し業務委託をした場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定めるところにより、特定受託事業者の給付の内容、報酬の額、支払期日その他の事項を、書面又は電磁的方法により特定受託事業者に対し明示しなければならない(詳細は上表の①)。
発注事業者の義務規定の出発点たる条文ですが、よく見ると契約書を書面で交わせとは書いていないのです。フリーランスとの取引に限らず、契約トラブルで多いのが「言った、言わない」の口約束による契約の場合です。契約自体は、原則として当事者の意思表示だけで成立するからです(諾成契約)。
特定受託事業者に対し業務委託をした場合とは、いつのことを指すのでしょうか? 契約日? 契約交渉中のどこかのタイミング? 契約締結後?
この点、解釈ガイドラインである『特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方』(令和6年5月31日 公正取引委員会 厚生労働省)によると、フリーランス法の第3条(特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示等)における「業務委託した場合」とは、
業務委託事業者と特定受託事業者との間で、 業務委託をすることについて合意した場合をいう。
とあります。
したがって、合意した日が契約締結日となるようです。業務委託の開始日ではありません。
もっとも、実務においては定型の業務委託契約書があるという前提なのかもしれませんが、フリーランスをやっていた経験からすると、契約書があるのは契約期間(拘束期間?)が長く、報酬が高額(50万円ないし100万円を超える案件)なケースが多かった気がします。たとえば、単発の1日セミナーなどでは、9時から17時まででいくら、場所は顧客の会議室とか近隣の会議室やホテルの宴会場など決まっており、あとは日程(〇月●日)がOKかどうかで、電話やメールで即決というパターンになります。
これが研修教材や出版物の作成となると、企画の打ち合わせから始まり、企画概要やページ数、段組みやレイアウト、章立てなどのラフイメージを決定し、それをもとにレイアウト決め→仮原稿の作成、いざ執筆となります(納期は打診があった時点で、こちらの都合など関係なくほほ決まっている。契約書は出版社等の定型フォームに従い、原稿料・支払期日も決まっている→納品月の1か月か2か月後の月末に振込)。その間、初回打ち合わせから納品まで半年から1年ということも。したがって、報酬(原稿料)を受け取れるのは、初回打ち合わせから1年超ということもありました。
なので、個人事業主とはいえ、小規模経営者の立場からするとキャッシュ・フローを考えて執筆をしながら、セミナーだの企業診断だのといった仕事を並行してやっていかないと生活が成り立ちません。もちろん、その選択をしたのは自分ですから、その責任を負う覚悟をもってフリーランスを始めたわけですが、フリーランスとして働く人の多くは、そのような覚悟もなく始めたとか、そうせざるを得ない状況に追い込まれたとか、諸々、事情があるはずです。フリーランス法によってどこまでフリーランスの働き方が改善されるのかわかりませんが、発注事業者にあっては、法律の義務以上にフリーランスの保護に努めてほしいところです。なぜなら、フリーランスとはいえ、発注事業者の社員と同じような仕事をしていながら労働者とは認められずに労働基準法の適用がないからです。
もっとも、そのような努力をしようとすれば、フリーランスの個人情報を詳しく把握しないといけないので、PMS運用においてその個人情報のお取扱いリスクも想定して、しっかりと運用ルールの継続的改善や変更等の見直しをする必要があるでしょう。